猫の物語 - 第22話 ニノ(後日談)
後日談:『聖獣ニノ、騎士団の本拠地を侵略する』
我輩は猫である。名前はニノ。短く艶やかな黒い毛並みと、満月のように輝く琥珀色の瞳を持つ、偉大なる魔女ルナの相棒だ。
今日のルナは朝から熱心に怪しげな薬草を煮込んでいて、我輩の相手をしてくれない。退屈した我輩は、ふと思い出した。先週この家を壊して入ってきた、あの「鉄の匂いがする大きな人間(ガイル)」が、我輩の顎の下を撫でるのが非常に上手だったことを。
よし、あやつのところへ行って、顎を撫でさせてやることにしよう。
我輩は裏口からふらりと外へ出ると、森を抜け、人間たちが集まる大きな石の建物(魔女狩り隊の駐屯地)へと足を向けた。
◇
「おい、あれを見ろ……!」「しっ、静かにしろ! 声を荒らげるな!」
石の建物の門をくぐると、鉄の服を着た人間たちが一斉にざわつき、その場で直立不動になった。ふん、当然の敬意だな。我輩はしっぽをピンと立てて、廊下の真ん中を堂々と歩く。人間たちは我輩の進行方向をあわてて空け、まるで王様を迎えるかのように道を作った。
一番奥にある大きな部屋の扉が、少しだけ開いていた。隙間から頭を突っ込んで覗くと、そこにはあの大きな男ガイルと、先週カリカリの代わりになる金貨の袋を置いていった、生真面目そうな人間の男――副官のキースがいた。
「隊長、これが今月の魔女の捜索状況の報告書です。なお、先週の『黒き聖獣』に関する維持費の件ですが、さすがに国の全予算を投じるのは不可能でしたので、私の独断で隊長のポケットマネーから捻出しておきました」
「む……そうか。致し方あるまい。ニノ殿の健康のためだ、我が給与などすべて捧げよう」
ふむ。やはりあの大きな男は話がわかる。我輩は挨拶代わりに、部屋へ入って「にゃあ」と短く鳴いた。
「「ッ!!?」」
二人の人間が同時に飛び上がった。ガイルは鉄の仮面をガタガタと震わせ、琥珀色の瞳の我輩を見た瞬間、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
「ニ、ニノ殿……!? なぜここに! まさか、我が情熱が時空を超えてあなたを呼び寄せたのか……!」
ガイルがものすごい勢いで両手を広げて迫ってきた。あの巨体に抱きつかれると毛並みが乱れる。我輩はひらりと身をかわし、ガイルの横をすり抜けて、机の上で書類を広げていたキースの足元へと歩み寄った。
「にゃーん(お前、先週のご飯係だな。撫でてもよいぞ)」
キースの身体がピキリと硬直した。彼は手に持っていた羽根ペンを落とし、信じられないものを見る目で足元の我輩を見下ろしている。
「た、隊長……。聖獣が、私の足に、その聖なる身体を擦り付けておられます……」「な、何だと……!? キース、貴様ッ! 私ですらまだ数回しか許されていない密着行為を、なぜ初手で勝ち取っているのだ! 処刑だ! 軍法会議だ!」「隊長、落ち着いてください! 私が求めたわけではありません!」
キースは慌ててガイルをなだめつつ、冷や汗を流しながら我輩の前にしゃがみ込んだ。その目は、完全に困惑と恐怖、そしてほんの少しの「誘惑」に揺れている。
「ニノ殿……私はただの副官、しがない事務処理係です。隊長のようにあなたを『吸う』ような大不敬はいたしません。ただ……その……」
キースは恐る恐る、手袋を外した。手際よく書類を片付ける彼の細く器用な指先が、我輩の耳の後ろをピンポイントで、信じられないほど絶妙な力加減でカリカリと掻き始めたのだ。
「にゃ、にゃあ……っ(そこ、そこだにゃ……!)」
信じられない。この男、大きな男(ガイル)よりも圧倒的に撫でるのが上手い。我輩は思わず目を細め、喉をゴロゴロと鳴らしてキースの手のひらに頭を預けた。
「おおお……!」キースの口から、見たこともない感嘆の吐息が漏れた。「これが、聖獣のゴロゴロ音……。あんなに荒んでいた私の心が、一瞬で洗われていくようだ。毎日深夜まで続く予算書の作成で、すり減った脳細胞が完全に回復していく……」
「キーーースーーーッ!!」背後から、ガイルの嫉妬に狂った咆哮が響く。「代われ! 今すぐその役職を私と代われ! 私が副官になる! お前が隊長になれ!」「無茶なことを言わないでください! ほら、隊長が騒ぐからニノ殿が迷惑そうな顔をされているでしょう!」
キースはガイルをピシャリと一喝すると、慣れた手つきで引き出しを開け、中から「乾燥させたマタタビの葉」を取り出した。
「ニノ殿、お近づきの印にこれを。我が実家で採れた最高級品です」「にゃ、にゃあ〜〜(キース、お前は最高の人間にゃ)」
我輩は完全にキースの虜になり、彼の膝の上へと飛び乗った。キースは一瞬「うっ」と息を詰まらせたが、その表情は完全に恍惚の極みに達している。彼はそのまま、我輩を膝に乗せた状態で、流れるような手つきで書類仕事(ルナの家の存在を隠蔽する偽造報告書)を再開した。その作業効率は、我輩のゴロゴロ音のバフによって通常の3倍速に跳ね上がっていた。
「くそ……キースめ、なんて手際の良さだ。ニノ殿、どうか私にもその温もりを……!」
ガイルが床を這いつくばりながら近づいてくる。我輩はキースの膝の上から、琥珀色の瞳で冷たくガイルを見下ろし、「シャー(お前はうるさいからお留守番にゃ)」と一喝した。ガイルはガーンとショックを受け、部屋の隅で体育座りを始めた。
◇
夕方。森の我が家へ戻ると、ルナが血相を変えて飛んできた。
「ニノ! どこ行ってたの!? 心配したんだから!」
ルナは我輩を抱き上げると、クンクンと匂いを嗅ぎ、すぐに眉をひそめた。
「ちょっと……あんた、またあの魔女狩り隊の匂いがするわよ? しかも今度は、あの隊長じゃなくて、別の男の洗剤の匂いがする……。あんた、まさか浮気してきたの?」
浮気とは心外な。我輩はただ、有能な部下を一人、我が配下に加えただけだ。我輩はルナの腕からすり抜けると、キースがお土産に持たせてくれた最高級マグロのパテ缶を床に転がし、「早くこれを開けるにゃ」と鳴いた。
ルナは大きなため息をつきながら、缶詰の蓋を開ける。
「魔女狩り隊をパシリにする猫なんて、世界中で絶対にあんただけよ……」
我輩は極上のディナーを堪能しながら、来週もまた、あの優秀な副官キースのところへ行ってやろうと、琥珀色の瞳を満足げに輝かせるのだった。Noveliaとは?
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