異世界娼館で生きる
異世界娼館で生きる
サキは日本の平凡な学生だったが、気がつくと異世界の奇妙な森の中で目を覚ました。状況を理解する間もなく、盗賊に襲われ、集団で犯された。泣き叫び、意識を失った。再び目を開けると、奴隷商人のガロンが彼女を見つけ、「また商品が手に入った」と笑っていた。首には奴隷の刻印が焼き付けられ、逃げ道はなかった。
移送中、ガロンは何日もサキを飢えさせた。パン屋の前で空腹に耐えかね、パンを乞うと、店主は「金か、体か」と言った。飢えが羞恥心を押しつぶした。店の裏で、一斤のパンのために彼に口で奉仕した。自らの意思で堕ちたのは、それが初めてだった。
続いてガロンの「調教期間」が始まった。荷馬車や宿屋で、彼はサキの体を使い、この世界の性的技巧と魔法の媚薬を教え込んだ。「これで高く売れる」と言いながら、何度も彼女を犯した。抵抗する意思は消え失せた。
町では、荒くれの冒険者たちが市場でサキに目をつけた。ガロンは止めもせず、彼らはサキを路地に引きずり込み、集団で犯した。その後、ガロンはただ「この世界では普通のことだ」と言った。
サキは高級娼館「月光亭」に売られた。先輩の娼婦カミラは冷たかった
異世界娼館で生きる - 静かな夜明け、新しい戦いの始まり
一人だった。
ベッドに横たわる。天井の染みが目に入る。ひび割れ。黴の匂い。
変わらない景色だ。
サキは指一本動かせなかった。
全身が痛い。肋が軋む。口の中にまだ血の味が残っている。ガロンに床へ叩きつけられた衝撃が、骨の奥で疼いていた。
(全部、仕込まれてた)
パン屋の親父の崩れた顔も、ワイン屋の配達人の従順だった様子も、オルドの真っ赤になった頬も。
全部。
全部がガロンの作った猿芝居だった。
胸の奥が冷たくなる。
自分が掴んだと思っていた「支配」は、最初から存在しなかった。
でも——。
サキのまぶたの裏に、あの光景が浮かぶ。
ガロンの拳。
太く、節くれだった指。
あの拳が、震えていた。
(恐れてた)
支配者もまた、震えている。
その事実だけが、消えない火種として胸の底に残った。
——。
部屋の外で足音がした。
扉が開く。
カミラだった。暗い紫色の長髪を無造作に結び、冷たい銀色の瞳がサキを見る。左頬の細い縦傷が、廊下の薄明かりで濃く浮かんでいた。
無言。
カミラは手に水差しと布を持っていた。
サキのベッドに近づく。しゃがみこむ。布を水に浸し、絞る。
サキの腕を取った。
布が傷に触れる。
「……っ」
痛みに顔が歪む。でも声はそれだけだった。
カミラは何も言わない。
ただ黙って、腕の擦り傷を拭き、乾いた血を落とし、痣の上に冷たい布を当てる。
サキは天井を見上げたまま、カミラの手の動きだけを感じていた。
乱暴なようで、でも布の当て方は丁寧だった。痛い場所を避けるように、そっと。
(この人は、いつもこうだ)
サキは思った。
無愛想で、口数が少なくて、ぶっきらぼうで。
でも手は、いつも優しい。
カミラがサキの首元に手を伸ばす。
奴隷刻印の横の擦り傷。
布が触れた。
サキは息を詰めた。
カミラの指が一瞬、刻印の上で止まる。
銀色の瞳が、魔法銀のインクで刻まれた模様を見つめていた。
何か言いたそうだった。
でも——。
カミラは何も言わず、手当てを続けた。
やがて。
水差しを手に、立ち上がる。
そのまま背を向け、扉へ向かう。
扉を開ける。
カミラの足が止まった。
一瞬だけ。ほんの一瞬。
振り返りかけて——。
口を閉じる。
扉が閉まった。
——。
一人。
サキは天井を見上げたまま、動かなかった。
(あの人も、何かを抱えてる)
カミラの銀色の瞳の奥に、何かが揺れていた。
それが何なのかは、まだわからない。
でも——。
痛みで眠れないまま、サキは夜が明けるのを待った。
——。
朝。
ノックの音。
「[cold]マダムがお呼びだ」
扉の向こうの声。
サキは体を起こした。
全身が軋む。唇の傷がまだ疼く。目の下の痣が青黒く変色している。
壁に手をつく。
立ち上がる。
一歩。
膝が折れそうになる。
もう一歩。
廊下に出る。
オルドが立っていた。
掃除夫の若い男。サキと目が合うと、すぐに視線を逸らす。
サキは彼を見た。
ガロンが仕込んだ男。同情しているふりをして、全部報告していた役者。
オルドの頬が、かすかに赤い。
サキは何も言わず、執務室へ向かった。
——。
執務室。
サキは深呼吸してから、ノックした。
「[cold]入りなさい」
扉を開ける。
マダム・ヴェスパが机の向こうに座っていた。
黒いドレス。痩せこけた手が羽根ペンを握る。真っ黒な長い髪を緩くまとめ、冷ややかな金色の瞳がサキを貫く。左耳の小さな宝石が、朝の薄明かりで鈍く光っている。
書類を見ている。
サキが入室しても顔を上げない。
ペンの走る音だけが響く。
沈黙。
やがて。
「[cold]昨夜の言葉、覚えているかしら」
サキは答えない。
ヴェスパは書類を机に置いた。
初めてサキを正面から見る。
冷たい金色の瞳。
感情がない。
怒りも苛立ちもない。まるで危険な薬品の瓶を観察するような、冷たい分析の光だけがあった。
「[cold]あなたはもう、ただの壊れた商品ではないようですわね」
声は静かで、平坦だった。
「[cold]制御できない火種——そう再分類させていただきます」
羽根ペンを取る。
羊皮紙に短く書き記す。
「[cold]外出許可は取り消し。館の中だけで過ごしていただきます。館内での単独行動も禁止。オルドとの接触も、護衛同席以外は認めませんわ」
サキは無言で聞いていた。
ヴェスパが顔を上げる。
「[cold]何か言いたいことは?」
サキは首を振った。
「[cold]……ありません」
ヴェスパの金色の瞳が、ほんのわずかに細まる。
「[cold]お下がりなさい」
サキは頭を下げた。
扉を閉める。
——。
廊下。
サキは壁に手をつき、自分の部屋へ向かった。
(ヴェスパも恐れてる)
心の中で冷たく確認する。
外出禁止。単独行動禁止。接触制限。
全部、あたしを危険視してる証拠だ。
(ガロンだけじゃない)
支配者たちは、あたしを恐れ始めている。
一歩。また一歩。
サキの足取りに、力が戻ってきていた。
——。
部屋の前。
床に、小さな瓶が置いてあった。
サキは立ち止まる。
傷薬の小瓶。
オルドが置いていったものだ。
手に取る。
冷たいガラスの感触。中で液体が揺れる。
(あいつも、ガロンに仕込まれてた)
赤面も、動揺も、全部演技だったのかもしれない。
でも——。
サキの頭の中で、何かが引っかかる。
オルドの真っ赤になった頬。
あの反応。
本当に完全な演技だったのか。
サキは瓶を握りしめた。
(指示通りに動く男でも、肌の反応まで命令できるわけじゃない)
男の身体が持つ本能的な弱さ。
それは仕込みとは別の場所にある。
ガロンが教えなかったこと。
ガロンが教えられなかったこと。
サキは傷薬の瓶を見つめながら、その仮説を頭の中に書き留めた。
——。
昼過ぎ。
カミラが食事を持ってきた。
盆の上にパンとスープ。湯気が立っている。
カミラは無言で机に置く。
サキも無言でそれを見ていた。
二人の間に沈黙が流れる。
でも、嫌な沈黙じゃなかった。
サキはパンを手に取る。
一口かじる。固い。でも腹に染みる。
スープをすする。
塩気がきつい。でも温かい。
カミラは壁にもたれて、窓の外を見ていた。
夕暮れが近い。空が赤く染まり始めている。
サキはスープを飲み干した。
「[serious]……あんたは」
声が掠れた。
カミラの銀色の瞳が、サキに向く。
「[serious]ここから出たいと思ったこと、あるか」
カミラは答えなかった。
でも、足は止まったままだ。
背を向けたまま、少し間を置いて。
「[gentle]……ないとは言えない」
短い言葉。
それだけだった。
カミラは盆を手に取り、部屋を出ていった。
——。
廊下を歩く。
カミラは小さく舌打ちした。
(答えてしまった)
サキの質問の意図に気づいていた。
あの目は、仲間を探している目だった。
それに、答えてしまった。
あの一言で、自分もサキの「内側の人間」として数えられる。
(……面倒な新人を持った)
でも——。
カミラの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
——。
夜。
館が静まり返った頃。
サキはベッドの上で体を起こし、窓の外を見ていた。
月が細く、雲の切れ間から覗いている。
外出禁止。
単独行動禁止。
オルドにも近づけない。
自分には今、何が残っているのか。
サキは一つずつ確認する。
ガロンが教えたのは、男の欲望を使って支配する方法だった。
でも、ガロンの震える拳が教えたのは別のことだ。
(相手が何を恐れているかを見抜けば、欲望を使わなくても崩せる)
恐怖を使うこと。
ガロンはそれを一度も教えなかった。
あの震える拳。
あれはガロンの本物の恐怖だった。
(あれが、ガロンの外側だ)
サキは目を細めて、暗い窓の外を見つめる。
身体を使った支配から、心を使った戦いへ。
まだ何も持っていない。
でも方向だけは決まった。
館の外に動けなくなった以上、次の戦い方は——内側にいる人間を動かすことだ。
カミラ。
オルド。
それ以外にも、いるかもしれない。
(ここから、始める)
サキは静かに息をついた。
胸の奥に、小さな火種。
まだ燃え上がりはしない。でも消えてもいない。
窓の外では、風が歓楽街の灯りを揺らしていた。
サキはゆっくりとベッドに横たわる。
(教えてくれないことを、あたしは覚える)
その言葉を、もう一度胸の中で確かめて——。
まぶたを閉じた。
館のどこかで、何かの扉が軋む音がした。