異世界娼館で生きる
異世界娼館で生きる
サキは日本の平凡な学生だったが、気がつくと異世界の奇妙な森の中で目を覚ました。状況を理解する間もなく、盗賊に襲われ、集団で犯された。泣き叫び、意識を失った。再び目を開けると、奴隷商人のガロンが彼女を見つけ、「また商品が手に入った」と笑っていた。首には奴隷の刻印が焼き付けられ、逃げ道はなかった。
移送中、ガロンは何日もサキを飢えさせた。パン屋の前で空腹に耐えかね、パンを乞うと、店主は「金か、体か」と言った。飢えが羞恥心を押しつぶした。店の裏で、一斤のパンのために彼に口で奉仕した。自らの意思で堕ちたのは、それが初めてだった。
続いてガロンの「調教期間」が始まった。荷馬車や宿屋で、彼はサキの体を使い、この世界の性的技巧と魔法の媚薬を教え込んだ。「これで高く売れる」と言いながら、何度も彼女を犯した。抵抗する意思は消え失せた。
町では、荒くれの冒険者たちが市場でサキに目をつけた。ガロンは止めもせず、彼らはサキを路地に引きずり込み、集団で犯した。その後、ガロンはただ「この世界では普通のことだ」と言った。
サキは高級娼館「月光亭」に売られた。先輩の娼婦カミラは冷たかった
異世界娼館で生きる - 灰の空の下で
地響き。
テントの布が震えた。次に来るもの。それを背骨が知っている。
サキは寝台の隅で小さくなっていた。膝を抱えて、ただ身を縮めて。
頭の中でだけ、数えている。
(……十九)
心の中で呟いた。ヴァルターが前に来てから、幾夜が過ぎたか。
指折り数える。それだけが、まだ自分を自分にしている。
——ドォン!
空気が砕ける。耳をつんざく音。テントが大きく膨らみ、耐えた。
でも。
遠くから、悲鳴。
兵士たちの叫びが聞こえた。武器のぶつかる音。走る足音。怒号。
「敵襲!」
誰かの声が、夜を切り裂いた。
二発目の着弾が、地面を叩いた。
ドォオオン!
ズズンと地が震える。テントの杭がひとつ、弾け飛んだ。
サキは顔を上げる。でも動かない。動けないわけじゃない。動く理由が、もうなかった。
鉄の鎖が、焼け痕を残して揺れている。
首の奴隷刻印が、かすかに脈打った。逃げられる距離なのに。
(鎖が、切れてる)
その事実は頭のどこかで理解している。
でも、サキは膝を抱えたまま。
外では火の手が上がっていた。テントの布を通して、赤い光がサキの頬を染める。
煙の匂い。硝煙の匂い。血の匂い。
知っている。もう何度も嗅いだ匂いだ。
(……数えなきゃ)
でも指が動かない。
誰もサキのことを見ていない。兵士たちは武器を手に走り回っている。
ここにいる意味は、もう誰も求めていない。
サキは立ち上がった。
いつの間にか。足が勝手に動いていた。
でも理由はない。逃げようとしたわけじゃない。
ただ、立っていた。
テントから出る。外は炎に包まれていた。
夜のはずの空が、オレンジと赤に染まっている。
熱風が髪を嬲った。肌がチリチリと痛む。
地面には倒れた兵士。動かない体が、あちこちに転がっている。
死体。その言葉が頭に浮かぶ。でも感情は動かない。
ただの、もの。
足が前に進む。どこへ行くわけでもなく。
遠くで剣戟の音。誰かが叫ぶ。指示を出す声。
その中に——いた。
ヴァルター・グレーフェ。
短い黒髪。骨ばった体。冷たい灰色の瞳は今、少しだけ鋭くなっている。
数人の兵士を率いて、敵の侵攻を食い止めようとしている。
剣を構えるその背中を、サキはただ見ていた。
命令する人。
自分をここに縛りつけていた、支配の中心。
次の瞬間。
空気が引き裂かれる音。
ズドォォォン!!!
砲弾が、すぐ近くに落ちた。
爆風。土と石が吹き上がる。兵士たちの身体が宙に浮き、叩きつけられる。
ヴァルターの背中が——弾けた。
違う。弾けたように見えた。
身体が地面に激突し、動かない。
煙が晴れる。ヴァルターは倒れていた。
胸の辺りから赤が広がっている。腕は、あらぬ方向に曲がっている。
あの冷静な灰色の瞳は、もう開いていなかった。
サキはそれを見ていた。
瞬きひとつせず。
心臓は、ひとつも跳ねなかった。
(命令する者が、いなくなった)
その事実だけが、頭の中に静かに落ちた。
重さはない。石を水に落としたような。ただの、それだけ。
ヴァルターから目を離す。
空を見上げた。
煙が厚く立ちこめ、星は見えない。
自由だ。鎖は切れた。命令する者はいない。逃げられる。
でも。
足が動かない。
(どこに、逃げるの)
頭の中で問いが浮かぶ。でも答えはない。
何のために。誰のために。
(ダガン……)
その名前を口の中で転がす。野盗の頭。鉤爪の義手。自分を犯した男。
何も出てこない。憎しみも、怒りも。ただの音の羅列。
(マダム・ヴェスパ)
月下の館。黒いドレスの女。自分を軍に売った。
思い出そうとする。でも霞がかかっている。顔は浮かぶ。でも感情が、出てこない。
復讐心。それが自分を支えていた。でも今は——灰だ。
サキはゆっくりと、膝をついた。
地面は泥と血でぬかるんでいる。死体の横に、跪く。
とても自然だった。立っているより、こっちの方がずっと楽だ。
それがどれほど恐ろしいことか。感じる機能が、もうなかった。
(あたしの名前は……)
唇が動く。声は掠れて、煙にかき消される。
サキ。それが自分を指す言葉かどうか。ひどく、遠い。
炎が近づいてくる。テントが轟音を上げて燃え上がる。
熱い。肌が焼けるように痛い。
それでもサキは動かなかった。
逃げる意味が見つからない。
生きる理由も、死ぬ理由も、同じくらい遠くにある。
灰が空から落ちてくる。
黒い雪のように、サキの肩に、髪に、積もっていく。
そして——笑っていた。
顔の筋肉が、教え込まれた通りに動いている。
目尻を少し下げ、口角を上げる。自然な微笑み。
怖いから笑うのでもない。媚びるためでもない。
ただ、それ以外の顔の作り方を、忘れてしまった。
どれだけそうしていたのか。
炎が収まりかけた、夜明け前。
空はまだ灰色で、煙が街のようになって残っている。
足音が聞こえた。
複数。何人もの足音が、瓦礫を踏みしめて近づいてくる。
生き残った兵士たち。
彼らは死体を避けながら、キャンプの廃墟を歩き回っていた。
「おい」
一人が立ち止まった。
灰をかぶって跪き、空を見上げている女。
微笑んでいる。
兵士は一瞬、戸惑った顔をした。
「……生きてるぞ」
別の兵士を呼ぶ。
数人の男たちが集まってきた。サキを取り囲む。
サキは顔を向けた。笑顔のままで。
その笑顔を見て、兵士たちの表情が緩む。
「ああ、良かった」
安堵を口にする。
「お前が生きてて助かった」
その言葉の意味を、サキの身体はもう知っている。
助かった——つまり、また使える。
道具として。
サキはゆっくりと立ち上がった。
膝の泥を払う仕草も、自然に出る。
笑顔のまま、兵士たちを見回す。
生き残るために。
ただそれだけが、身体を動かす。
これが彼女自身の選択じゃない。それはわかっている。
でも——もう、止められない。
灰の積もった廃墟で、サキの笑顔だけが、ひどく綺麗に固定されていた。
泣けない。怒れない。立てない理由さえ、もう灰の中。
ただ、生存の自動反応だけが、彼女を人形のように動かし続ける。