異世界娼館で生きる
異世界娼館で生きる
サキは日本の平凡な学生だったが、気がつくと異世界の奇妙な森の中で目を覚ました。状況を理解する間もなく、盗賊に襲われ、集団で犯された。泣き叫び、意識を失った。再び目を開けると、奴隷商人のガロンが彼女を見つけ、「また商品が手に入った」と笑っていた。首には奴隷の刻印が焼き付けられ、逃げ道はなかった。
移送中、ガロンは何日もサキを飢えさせた。パン屋の前で空腹に耐えかね、パンを乞うと、店主は「金か、体か」と言った。飢えが羞恥心を押しつぶした。店の裏で、一斤のパンのために彼に口で奉仕した。自らの意思で堕ちたのは、それが初めてだった。
続いてガロンの「調教期間」が始まった。荷馬車や宿屋で、彼はサキの体を使い、この世界の性的技巧と魔法の媚薬を教え込んだ。「これで高く売れる」と言いながら、何度も彼女を犯した。抵抗する意思は消え失せた。
町では、荒くれの冒険者たちが市場でサキに目をつけた。ガロンは止めもせず、彼らはサキを路地に引きずり込み、集団で犯した。その後、ガロンはただ「この世界では普通のことだ」と言った。
サキは高級娼館「月光亭」に売られた。先輩の娼婦カミラは冷たかった
異世界娼館で生きる - 新しいキャンプへ
幌馬車が揺れる。
車輪が瓦礫を踏み砕く音が、規則正しく響く。サキは幌の隅で膝を抱えていた。背中に粗い板の感触が当たる。揺れに身を任せていると、思考がぼやけて、自分がどこにいるのかもあいまいになる。
灰の匂いがまだ染みついていた。
髪から、服から、焼け落ちたキャンプの残り香がする。払おうとも思わない。それをする理由が、もうなかった。
「[serious]従軍慰安婦一名、生存──以上だ」」
夜明けの焼け跡で、書記官は顔も上げずにそう言った。羊皮紙にペンを走らせるだけ。サキの名前を聞かない。どこから来たかも聞かない。ただ「生存」の二文字だけが、彼女という道具がまだ使えるという意味で記録される。
サキはそれを当然のこととして聞いていた。
促されるまま幌馬車に乗り込んだ。抵抗という言葉は、頭のどこかにあるのに、手足にまで届かなかった。届け方も、もう忘れていた。
馬が嘶く。鞭が鳴る。車輪が回り始める。
揺れの中で、サキは何をするでもなく目を開けている。幌の隙間から細く光が差し込み、埃っぽい空気の中を舞っている。
指を折ってみる。
一本。二本。三本──止まる。
(今日が、何日目か)
わからない。わからなくても、どうでもよかった。
幌の隙間に顔を寄せた。
外が見える。初夏の野原が、どこまでも広がっていた。青い草が風に波打ち、遠くに森の緑が霞む。空は高く、白い雲がゆっくり流れている。
綺麗だと思った。
でも、それだけだった。
日本の風景を思い出そうとする。自分の部屋。通学路。コンビニの明かり。友達の顔。どれもぼやけていて、輪郭が出てこない。霞がかかっている。手を伸ばしても、掴めない。
飛び降りれば、逃げられる距離だ。
幌の高さは、地面まで一メートルもない。馬車の速度は遅い。子供だって飛び降りられる。今なら兵士たちも見ていない。
足が動かなかった。
どこに行くかが、思い浮かばない。マルケンハーフェンに戻っても、もう月下の館はない。日本には戻れない。戻る方法も知らない。
(どこにも、行けない)
サキは幌の隙間から顔を離した。
膝の上に視線を落とす。汚れたスカートの裾。傷だらけの指先。自分の身体が、ひどく遠いものに感じられた。
口元が、動いた。
笑っている。
顔の筋肉が、教え込まれた通りに動く。目尻を少し下げ、口角を上げる。自然な微笑み。誰に頼まれたわけでもない。ただ、それ以外の顔の作り方を忘れてしまったから。
笑顔だけが、今の彼女に確かなものだった。
馬車は北へ向かう。補給キャンプへ。次の地獄へ。
でも、サキの頭の中には「次」も「地獄」もなかった。あるのは揺れと、灰の匂いと、笑顔だけ。それ以外は全部、遠くの野原に流れていった。
──
馬車が止まった。
外から怒鳴り声が聞こえる。馬の嘶き。木箱を降ろす音。
幌が開いた。
「[cold]降りろ」
サキは顔を上げた。日差しが眩しくて、目を細める。
目の前に立っていたのは、五十歳くらいの軍曹だった。短い白髪に、日焼けした顔。鋭い目つきがサキを一瞥し、手に持った書類と照合する。
「[cold]お前が七従軍区の娘か」
サキは答えなかった。答える必要がなかった。
軍曹はそれ以上何も言わず、踵を返す。
「[serious]使えるな」」
背中越しに、ぽつりと呟いた。
サキは黙って馬車から降りた。足が地面に着く。土の感触。初夏の草の匂い。
補給キャンプは、木柵で囲まれた簡素なものだった。天幕がいくつも並び、兵士たちが忙しく動き回っている。物資の箱を運ぶ者。馬の世話をする者。剣を研ぐ者。
その中を、軍曹に導かれて歩く。
誰もサキを見なかった。
正確には、見てはいるが、すぐに目を逸らす。軍服を着た男たちの視線が、一瞬だけサキの身体を舐めて、すぐに仕事に戻る。
商品としての査定。それだけだった。
小さな天幕の前に着いた。
軍曹が布を開ける。
「[cold]ここだ」
中は薄暗く、寝台が一つだけ置いてあった。粗末な毛布。水の椀。それだけの部屋。
サキは中に入った。
軍曹は何も言わず、天幕の布を下ろした。足音が遠ざかる。
一人になった。
寝台に腰を下ろす。毛布の感触はざらざらしていて、月下の館のシーツとは違う。でも、そこにあるのが布切れだということだけは同じだった。
空気が澱んでいる。汗と埃と、何か古い血のような匂い。
サキは膝を抱えた。
──
夜が来た。
天幕の布が開き、軍曹が戻ってきた。後ろに三人の兵士がいる。
若い。一人は二十歳くらい。もう一人は三十代。最後の一人は四十歳近い。それぞれの目が、期待と欲望でぎらついている。
サキは立ち上がった。
笑顔を作る。
「[gentle]あたしで、癒してください」
甘い声が、喉の奥から自然に滑り出る。何百回も繰り返した言葉。もう呼吸と同じくらい、考えなくても出てくる。
兵士の一人が、息を呑んだ。
サキは先頭の若い兵士の前に膝をつく。
軍服の留め具に手を伸ばす。指が迷わず動く。外す。布を開く。肌が見える。
腰を使う。甘い息を漏らす。学んだ通りの声を出す。
「[gentle]あっ……」
喘ぎ。それも技術の一つ。
身体は淀みなく動く。腰を振り、指を這わせ、相手の呼吸に合わせてリズムを変える。どのタイミングで声を上げ、どのタイミングで目を閉じ、どの瞬間に相手の顔を見上げるか。全部、体が覚えている。
でも、頭の中は静かだった。
怒りも、悲しみも、悔しさも、何もない。
ただ空っぽ。
二人目の兵士。三人目の兵士。同じ動き。同じ声。同じ笑顔。
兵士の一人が天幕を出ていった。残り二人。
サキは体位を変えた。仰向けから横向きへ。身体が覚えている動きの通りに。
喘ぎ声を上げながら、頭の隅で何かを数えようとした。
(……)
数字が出てこない。
(今日は)
何を数えているのかも、わからない。
──
夜が明けた。
最後の兵士が天幕を出ていき、サキは一人になった。
寝台の隅で水の椀を手に取る。一口飲む。濁った水が喉を通っていくが、味は感じない。
身体は重い。でも痛みより先に来るのは、不思議な空白感だ。
昨夜のことを思い返そうとする。
兵士の顔。身体の感触。息遣い。──断片的に浮かぶが、それに紐付く感情が何もない。身体だけが覚えていて、心が追いついていない。いや、心がそこにいなかった。
手のひらを見下ろす。
指を折ってみる。一本、二本、三本。
日本にいた頃の自分を思い出そうとする。何が好きだったか。何が嫌いだったか。誰と話して、何を笑っていたか。
出てこない。
輪郭がない。
「サキ」という名前だけが、空中に浮いている。誰のものでもない、どこにも繋がらない、ただの音の羅列。
窓の外で兵士たちの声がした。
サキの口角が、反射的に上がる。
次に誰かが来ても、この笑顔で迎えることを、身体が既に決めていた。
──
同じ朝、マルケンハーフェン。
月下の館の三階。カミラの部屋は薄暗く、窓から差し込む朝日が埃を浮かび上がらせていた。
テーブルの上に、羊皮紙が広げられている。走り書きの文字。軍の輸送記録の写し。どこから手に入れたのか、紙の端は汚れ、折り目がついていた。
カミラは腕を組み、じっとそれを見下ろしていた。紫色の長い髪が、無造作に肩にかかっている。銀色の瞳は紙面から動かない。
テーブルの向かいには、オルドが座っていた。
大柄な男で、肩幅が広く、黙っていても存在感がある。元傭兵らしい、無骨な手つきで、別の書類をカミラの前に滑らせた。
「[serious]野戦キャンプ第七従軍区──壊滅だ」
低い声だった。
「[serious]生き残ったのは、ごく少数。その中に従軍慰安婦一名の記載がある。全員、北の第三補給基地に移送された」
カミラは何も言わなかった。
目だけが動く。輸送記録の一文を、何度も、何度もなぞっている。
従軍慰安婦一名──生存。
名前は書かれていなかった。奴隷に名前は不要というのが、軍の書式だ。でもカミラにはわかっていた。
あのバカだ。
「[cold]……生きてるのか」
オルドは頷いた。
「[serious]ああ。記録上は、な」
カミラは少しだけ目を閉じた。
サキの顔を思い浮かべる。黒いショートヘア。いつも怯えていた瞳。すぐにネットの変な知識を信じて、失敗して、でも悪意だけはない──そんな少女。
初めて館に来た時、震えていた。でも震えながら立っていた。
(バカが)
カミラはゆっくりと立ち上がった。
「[cold]行く」
短く、それだけ。
オルドは顔を上げた。
「[serious]どこへ」
「[cold]あのバカを、迎えに」
カミラの声は低く、感情を絞り出すように短い。でも銀色の瞳に迷いはなかった。
オルドはしばらく彼女を見ていたが、やがて無言で立ち上がった。
「[serious]準備は整ってない。館を出る口実も、軍の関所を抜ける通行証も、何も」
「[cold]わかってる」
「[serious]道中は危険だ。軍の巡回も、野盗もいる」
「[cold]わかってる」
同じ言葉を繰り返した。
カミラは窓辺に歩み寄り、外を見た。歓楽街の朝は静かだ。夜が明けたばかりの紅灯区には人影がなく、魔法灯が消えていく。
娘のことを思い出していた。
もうずっと昔に亡くした、たった一人の娘。小さな手。温かい笑顔。守れなかった命。
カミラの拳が、窓枠に押し当てられた。
「[cold]手配してくれ、オルド」
オルドは短く息をついた。
「[serious]……了解だ」
男は部屋を出ていった。足音が階段を降りていく。
カミラは一人、窓辺に立っていた。
朝日が、左頬の細い傷を照らし出す。冷たい銀色の瞳が、北の空を見ている。
サキがいるであろう方角。
「[cold]……死ぬなよ」
呟きは、誰にも届かず、朝の空気に溶けていった。